世界最高のドライビング~1955ミッレミリア~

車の小噺

世界最高のドライビング、世界最高のドライバー。レースの種類も違えば、ドライブするマシンも違う。そして時代だって違うので、それがどれかなんて一概には言えないものです。

ただ、わたしの中で、おそらくその一つとして数えても、誰も文句は言わないだろうという、そういうドライブをした人がいます。

それは、スターリング・モス。

1955年ミッレミリア(イタリアの公道を1000マイル≒1600km走破するロード・レース)。メルセデスベンツ300SLR “No.722″を駆るのはスターリング・モスとデニス・ジェンキンソンのコンビ。そのゼッケンは午前7時22分のスタートを意味しました。優勝した彼らの記録した平均速度は約160km/h。サーキットではなく公道での記録です。

以下は、ナビゲート役として素晴らしい仕事をしたジェンキンソンの回想。

「フィレンツェの手前は路面が悪く、私たちはとびはねながら走っていた。急な坂をセカンド・ギアで下り、回転が限界まで上がったところで、サード・ギヤにシフト・アップした。こんなに急な下り坂で、300馬力のパワーをフルに使い、あまつさえシフト・アップするとはなんと度胸のある奴だろうと、私は思った。」

「フィレンツェの街の中を、時々200km/h近いスピードで走り、橋を渡り、広場を横切り、電車の線路をまたいで、チェックポイントに向かった…」

「モデーナ、レッジオ、エミリア、パルマと、私達は1秒たりとも無駄にせず、時速270キロで走り続けた。スピードを落とすのは、カーブや路面の隆起があって私が指示する時だけであった。見上げると、私達は飛行機を追越していた。私は幻想の国に生きていた。」

「二機めの飛行機に追付き追越した時、私の頭はスピードにいかれかけていた。自動車は完璧な調子で走っており、フィフス・ギアで場所によっては7600回転に達していた。これは時速270キロ以上のスピードである。ある街に入った時、溶けたタールに足をとられて大きく滑った。」

「私はコンクリートの壁にぶち当たるなと覚悟した。しかしモスはあきれるほどの落着きをみせ、ハンドルを2、3回まわして体制を立て直し、何事もなかったかのように、再びアクセルを強く踏んで走り続けた。」

ジェンキンソンの役目は、助手席から長さ5メートルに達する巻紙をほぐして読み、前方の道路状態をモスに伝えることでした。ジェンキンソンはこの大役を見事に果たしました。モスはレースが終わってから、ジェンキンソンがいなかったら、とても勝てなかっただろうと、繰り返し語りました。

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