日産 プレーリー(1982-88 日本)

日産

1982年8月、当時のオースター/スタンザ(T11型)のコンポーネントをベースに開発された、日本におけるマルチ・パーパス・ビークル(MPV)の先駆けとなるモデルである。「びっくり、プレーリー」のキャッチコピーと共に、セダンでもバンでもない新しいカテゴリーの家族向け車両として提案された。

パワーユニットは、当初1.5L 直列4気筒SOHCの「E15」型、および1.8L 直列4気筒SOHCの「CA18」型を横置きに搭載する。最高出力は、1.5L仕様が85馬力、1.8L仕様が100馬力(いずれもグロス値)を発生した。駆動方式は前輪駆動(FF)を採用し、トランスミッションは5速MTまたは3速ATが組み合わされた。1985年のマイナーチェンジでは、2.0Lの「CA20S」型エンジンを搭載した4WDモデルも追加され、ラインナップの拡充が図られた。

最大の特徴は、センターピラーレス構造のボディに後席両側スライドドアを組み合わせたパッケージングにある。前後ドアを開放した際の開口部は非常に広く、極めて高い乗降性を実現していた。サスペンションは、フロントにマックファーソンストラット式、リアには床面を低く平坦にするためにトーションバーを用いたトレーリングアーム式の四輪独立懸架を採用。これにより、コンパクトな外形寸法ながら3列シート・8人乗り(または2列シート・5人乗り)を可能にする効率的な室内空間を確保していた。しかし、ピラーレス構造に起因するボディ剛性の不足といった課題も抱えており、後のモデルチェンジにおいて構造の見直しが行われることとなった。

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