
18世紀の北米先住民オタワ族の指導者、ポンティアック首長は、先住民の抵抗と誇りを象徴する人物である。1763年、彼はイギリス軍の植民地拡大に対し、五大湖周辺の諸部族を前例のない規模で結束させて「ポンティアック戦争」を指揮した。彼の卓越した外交手腕とカリスマ性は、敵対した入植者たちにも深い畏敬の念を抱かせ、その名は勇猛さの代名詞となった。この英雄への敬意を込めて命名されたミシガン州ポンティアック市が、後に世界的な自動車ブランド誕生の地となったのである。

ブランドの運命を決定づけたのは1926年である。この年、GM傘下のオークランド・モーター・カー社が、新ブランドとして「ポンティアック」の名を冠した6気筒モデルをニューヨーク・オートショーで発表した。高品質な車を低価格で提供する戦略をとったこのモデルは、初年度から記録的な成功を収め、瞬く間に親ブランドのオークランドを圧倒する販売台数を記録した。この1926年の劇的なデビューによりブランドの地位は不動のものとなり、後に組織自体が「ポンティアック・モーター・ディビジョン」へと集約される原動力となった。

ブランドの意匠にも首長の面影は反映されている。初期のエンブレムには首長の横顔を模した「インディアン・ヘッド」が採用され、広告でも「6気筒の首領(Chief of the Sixes)」という称号が冠された。1950年代後半には、近代化に伴い「赤い矢尻(アローヘッド)」のロゴへと刷新されたが、ネイティブ・アメリカンの伝統を尊ぶ精神は、2010年のブランド廃止までそのDNAとして受け継がれた。一人の指導者の気高い魂は、都市の名を経て、自動車ブランドとしても歴史に刻まれることとなった。

