1988年に登場した2代目プレーリーは、初代の実験的なパッケージングを整理し、実用性と走行性能を高い次元で両立させたマルチパーパスビークル(MPV)である。最大の転換点は、プラットフォームを当時のミドルクラスセダンの指標であったブルーバード(U12)のものへと刷新したことにある。先代の課題であったボディ剛性と操縦安定性を抜本的に改善するため、あえてセンターピラーを備えるオーソドックスな構造を採用。これはセダンの走りとミニバンの利便性を高次元で融合させる目論見だった。
エンジンは当初、2.0L 直列4気筒SOHCのCA20S型(91馬力)を搭載したが、1990年には2.4LのKA24E型(140馬力)を追加し、動力性能を大幅に強化。サスペンションは、前後ストラット式の四輪独立懸架を採用。多人数乗車時でも路面の凹凸をしなやかにいなし、フラットな乗り心地を実現した。また、フルタイム4WDモデルには日産自慢の「ATTESA」が採用され、これには「STC-Sus」と呼ばれるリアのトーコントロール機構も組み合わされた。
ボディスタイルはなめらかな曲面で構成されたスタイリッシュなものであり、日産ではこれを「新しい時代のセダン」と謳っていた。室内は7/8名乗車が可能な3列シート配置を基本とし、当時のアウトドアレジャー需要に応える多彩なシートアレンジを誇った。
1995年のビッグマイナーチェンジでは、車名を「プレーリー ジョイ」へ変更する大規模な刷新が行われた。エンジンはSR20DE型(145馬力)へと変更。フロントマスクはボリュームのある力強いものへと変貌を遂げ、同時にリアオーバーハングを延長してラゲッジスペースを大幅に拡大した。また、テールランプも横型から縦型のコンビネーションランプへと変更するなど、より堂々としたミニバンのスタイルへと生まれ変わった。

画像ギャラリー







