1993年のボローニャモーターショーで鮮烈なデビューを飾ったフィアット クーペ(正式名称はクーペフィアット)は、実用車中心の構成となっていた同社にとって、待望のスポーツ市場復帰を象徴するモデルである。開発にあたっては、当時のグループの基幹プラットフォームである「ティーポ2」を採用し、FFレイアウトで本格的な走行性能を追求。オペル カリブラやフォルクスワーゲン コラードといったライバルに対抗し、イタリアンスポーツの官能性を手頃なパッケージで提供する戦略的モデルであった。
パワーユニットは、当初ランチア デルタ インテグラーレの流れを汲む2.0L 直列4気筒DOHCターボ(190馬力)およびその自然吸気仕様を搭載。これは1996年に2.0L 直列5気筒DOHC 20バルブへと刷新された。特に「20Vターボ」は最高出力220馬力を発生し、後期型の6速マニュアル採用モデルでは最高速度250km/hを誇る当時最速のFFフィアットとして名を馳せた。シャシー面では、ターボモデルに「ビスコドライブ」と呼ばれるLSDを標準装備。強力なパワーを確実に路面に伝え、FFのネガを打ち消すハンドリングとトラクション性能を両立させていた。
外装デザインは、当時チェントロスティーレに在籍し、後にBMWで物議を醸すクリス・バングルが担当。ホイールアーチ上の鋭いスラッシュや露出したアルミ製給油キャップなど、独創的な造形が特徴である。一方、ピニンファリーナが手掛けた室内は、ダッシュボードを横断するボディ同色のパネルが印象的で、往年の名車を彷彿とさせるクラシックな美学と現代的な機能が融合した、イタリア車らしい情熱的な空間を演出していた。
2000年の生産終了まで、そのアバンギャルドな美しさとクラスを超えた動力性能でファンを魅了したが、直接の後継モデルを持つことはなかった。しかし、バングルの彫刻的なデザイン手法や、5気筒エンジンの官能的なサウンドは、今なお「小さなフェラーリ」と称されるほどの個性を放っている。イタリアの情熱と独創性が結実した本車は、90年代を代表するネオクラシッククーペとして特別な地位を占めている。




