1989年の北米IMSA GT選手権・GTOクラスに向けて投入された「マーキュリー クーガー XR-7 IMSA GTO」は、ラウシュ・レーシングがフォードのリンカーン・マーキュリー部門と共同開発したシルエットフォーミュラである。同年登場した第7世代の市販クーペ「クーガー XR-7」の販促を担い、前年までのメルクール XR4Tiの後継機として企画。市販車の輪郭を精巧に写し取った複合素材カウルを専用のチューブフレーム車台へ架装した。
車体骨格には、ラウシュが製作した強固な鋼管スペースフレームを採用。パワーユニットはコース特性や最低重量規定に応じて二系統を使い分ける戦略が採られた。デイトナ等の高速耐久戦には排気量5.9リッターの自然吸気OHV V型8気筒(約650ps)を、加減速の激しい市街地等のテクニカルコースには軽量な車体重量設定が可能な排気量2.5リッターの直列4気筒ターボ(約650ps)を選択。前後ダブルウィッシュボーン懸架と大径ベンチレーテッドディスクを備え、鋭い旋回性と制動力を確保した。
実戦初年となった1989年、開幕戦のデイトナ24時間およびセブリング12時間の長距離耐久レースで相次いでクラス優勝を達成。中盤以降は4WDと過給ユニットを擁するアウディ 90 クワトロが7勝を挙げて猛追したものの、コースに応じたエンジンの使い分けと序盤の大量得点、抜群の信頼性を武器に対抗した。ピート・ハルスマーがドライバーズ王座に輝くとともに、リンカーン・マーキュリー部門へマニュファクチャラーズタイトルをもたらした。
翌1990年シーズンも参戦を継続し、デイトナ24時間レースでクラス連覇を記録。年間を通じて安定した強さを発揮したドーシー・シュローダーが同年のドライバーズ王座を獲得し、2年連続の二冠を達成した。大排気量自然吸気と軽量な小排気量過給ユニットを巧みに使い分ける戦術を確立し、ハイテク技術で台頭するライバル勢を退けた北米GTレース史における代表的な競技車両として記録されている。

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