スバル トラヴィック(2001-2005 日本)

スバル

2001年8月に発表された「スバル トラヴィック」は、富士重工業(現SUBARU)がゼネラルモーターズ(GM)との資本提携を通じて市場投入した7人乗りミニバンである。独オペルが開発した「ザフィーラ」をベースとし、タイに所在するGMラヨーン工場で生産されて日本へ輸入された。軽自動車ベースの多人数車「ドミンゴ」とは異なる、普通乗用車としてはスバル初の本格ミニバンとして、自社ラインナップの間隙を埋める役割を担った。

車体は欧州基準の高い衝突安全性と剛性を備え、ヒンジ式ドアと3列シートを高効率に配置。3列目を簡単な操作で床下へ沈胴格納できる「フレックス7」機構により、フラットな荷室空間を構築できた。足回りは前輪ストラット、後輪トーションビームを採用。スバルの実験部門が独自に減衰力やバネ定数の適合を行い、欧州仕様以上にしなやかで優れた直進安定性と快適性を付与した。

動力源にはGM製の2.2リッター直列4気筒DOHC「エコテック」を横置き搭載し、4速自動変速機を介して前輪を駆動。147馬力を発生し、のちに1.8リッターも追加された。当時正規輸入されていたザフィーラが1.8リッターで約290万〜300万円であったのに対し、トラヴィックは格上の2.2リッターを積みながら199万円からという戦略的な低価格を設定。排気量が大きいにもかかわらず約100万円安価に提供された逆転現象は、自動車市場に強い衝撃を与えた。

欧州基準の走行性能や安全思想はメディア等から絶賛されたものの、スバル伝統の水平対向や四輪駆動を持たない点、国内市場で主流となりつつあった両側スライドドアを備えない点が響き、販売面では苦戦を強いられた。その後、供給元であるGMタイ工場の生産中止に伴い2004年末に生産終了(2005年春に販売終了)。欧州仕込みの骨太な運動性能を多人数乗車に持ち込んだ先駆的モデルとして記憶されている。

こちらが本家のオペル ザフィーラ。アストラをベースとした3列シートのミニバンだった。日本国内に投入されたザフィーラは1.8リッターだったのに対してトラヴィックは2.2リッターを採用し、しかもトラヴィックの販売価格は大幅に安価だった。結果としてトラヴィックは本家ザフィーラの市場を奪ってしまった。

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