アウディV8とフラットプレーンクランクシャフト論争、そしてDTM撤退へ

車の小噺

1990年と1991年のドイツツーリングカー選手権(DTM)において、アウディ V8クワトロは重量級の四輪駆動車でありながら、その卓越したトラクションを武器に2年連続で年間王者を獲得する歴史的快挙を成し遂げた。しかし、ライバル勢の軽量化と高回転化による反撃が激しさを増す中、1992年シーズンに向けてアウディ陣営はさらなる戦闘力向上を模索することとなる。

そこでアウディが1992年シーズンの開幕戦から実戦投入したのが、量産車のクロスプレーンクランクシャフトを180度の「フラットプレーンクランクシャフト」へと再加工した競技用エンジンであった。これにより、V8エンジン特有の排気干渉を解消し、よりスムーズな高回転化と劇的なレスポンス向上を実現した。当初は統轄組織(ONS)の暫定承認を得て参戦していたものの、エンジンの根幹をなす基本構造変更については他陣営から激しい非難の的となった。

アウディ側は、量産用の鍛造粗材を熱間で物理的に90度ねじり加工(ツイスト)したものであるため「素材そのものは量産品と同一である」と独自の解釈で規約の合法性を主張した。しかし、度重なる抗議を受けてONSによる再審査が行われた結果、第6戦直前にこのクランクシャフトは技術規約違反(レギュレーション違反)であるとの最終裁定が下されてしまう。

この裁定を不服としたアウディは、中盤戦を前にしてDTMからの即時撤退を電撃的に発表した。重量級高級セダンでレース界を席巻した華々しい栄光と、鍛造材のねじり加工という解釈を巡る論争の末の突然の幕切れは、モータースポーツ史におけるアウディ V8の伝説をよりドラマチックで鮮烈なものとして現代に伝えている。

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