BMW M8 プロトタイプ(1990 ドイツ)

BMW

1990年にBMWのモータースポーツ部門が極秘裏に開発した「BMW M8 プロトタイプ」は、大型クーペの8シリーズ(E31型)をベースに、既存のスーパーカーを凌駕する走行性能を追求した実験的試作車である。重厚なグランドツアラーの性格を削ぎ落とし、純粋なレーシングカーに匹敵する運動性能を目指して開発された。空力性能の改善と冷却効率の向上のため、量産型の特徴であった格納式ヘッドライトを撤去し、フロントバンパー内に小型ランプを配置するなど、前端部に大幅な設計変更が加えられた。

動力部には、パウル・ロシェが手掛けた排気量6,064ccの水冷60度V型12気筒DOHC 48バルブ「S70/1型」ユニットを採用。12基の独立スロットルとCFRP製インテークマニホールドを備え、自然吸気でありながら640psの強大なパワーを発生させた。潤滑にはドライサンプ方式を採用し、熱対策としてオイルクーラーを車体後部に移設したうえで、オイル配管をルーフ内部に通して引き回すなど、極めて挑戦的な冷却構造が構築された。

車体構造には徹底した軽量化が施され、フロントフードやドア、トランクリッド、ワイドフェンダーなどにCFRP材を多用。サイドウィンドウを軽量樹脂とし、快適装備を全廃した室内にはカーボン骨格のバケットシートを装着した。後輪の前方には駆動系冷却用のエアインテークが開口され、専用の17インチホイールを装備。これらの措置により、車両重量はベースモデルから400kg以上も削ぎ落とされ、約1,440kgを達成した。

世界的な景気後退や過大な製造コストを背景に市販化は見送られ、製造された1台はBMWの保管庫に20年間にわたり極秘裏に眠り続けた。2010年に一般公開されるまで幻とされた存在であったが、この開発で培われた大排気量V12技術は、のちにマクラーレン F1の「S70/2型」ユニットの誕生へ直接的につながった。市販には至らなかったものの、当時のBMWが到達した技術の極致を示す歴史的試作車である。

BMW M8は結局市販はされず、M8用にBMWの粋を結集して開発されたS70/1エンジンもお蔵入り。しかし、これは後にマクラーレンF1用に改良を行いS70/2エンジンとして再登場。当時世界最速のロードゴーイングカーの原動力となっただけでは無く、1995年のルマンでマクラーレンF1は優勝を飾り、モータースポーツ史にもその名を残した。更にBMW V12 LMRにもS70/2は搭載され、1999年に再びルマン優勝を獲得した。M8は世に出なかったが、その過程で生み出されたS70エンジンはモータースポーツの世界に大きな足跡を残した。

関連ブログ

BMW 8シリーズ(1989-1999 西ドイツ/ドイツ)
1989年のフランクフルト・モーターショーで発表された「BMW 8シリーズ(E31型)」は、最先端の電子工学と洗練された空力特性を融合させた大型ラグジュアリークーペである。先代にあたる6シリーズから車格を一段引き上げ、ブランドの旗艦GTとし…

画像ギャラリー

タイトルとURLをコピーしました