1984年に登場した南アフリカ仕様の「BMW 745i」は、大型高級サルーン「7シリーズ(E23型)」の現地生産モデルにおける最高峰として企画された。本国の欧州仕様745iは過給機を組み合わせた直列6気筒を積んでいたが、ターボチャージャーおよび排気マニホールドの配置が右ハンドル車特有のステアリングコラムやリンケージと干渉するため、右ハンドル市場である南アフリカへの正規導入が困難であった。この構造的制約を克服すべく、現地のBMWロスリン工場は独自の解決策として、グループA競技やスーパースポーツ向けに開発された高回転型自然吸気マルチバルブユニットを搭載する専用モデルの開発を進めた。
採用されたパワーユニットは、スーパースポーツ「M1」の系譜を継ぎ、クーペ「M635CSi」にも積まれた排気量3,453ccの直列6気筒DOHC24バルブ「M88/3型」(286ps/6,500rpm、34.7 kgm/4,500rpm)であった。ボッシュ・モトロニック制御を備えたこの高性能ユニットに、ゲトラグ製5速マニュアルまたはZF製4速オートマチックを組み合わせた。シャシー側にも専用のスプリングや太径スタビライザー、大径ベンチレーテッドディスクブレーキが投入され、ラグジュアリーサルーンの快適性を維持しながら、ハイパフォーマンスに対応する強靭な足回りが構築された。
このレーシングスペックのパワフルな直列6気筒ユニットの採用は、過熱していた現地のツーリングカーレース参戦への道を開いた。南アフリカ・モディファイド・サルーンカー選手権において、名手トニー・ヴィアナが率いるチームはレース仕様の745iを製作して参戦。大幅な軽量化と吸排気の最適化が図られたユニットは400ps以上まで引き上げられた。対抗車種には、マスタング用の5.0リッターV型8気筒を詰め込んだ「フォード シエラ XR8」や、排気量を3.0リッターへ拡大した専用ホモロゲーションモデル「アルファロメオ GTV 3.0」といった強力な軽量マシンが名を連ねていたが、745iは卓越した直進安定性と強大な動力性能で対抗。1985年シーズンに見事シリーズチャンピオンを獲得し、大型サルーンによる異例の戴冠を成し遂げた。
1984年から1987年にかけてロスリン工場で生産された南アフリカ仕様745iは、合計209台(5速マニュアル仕様17台、4速オートマチック仕様192台)にとどまった。最上級セダンの車体にレーシング血統のDOHCユニットを収め、サーキットにおいて「フォード シエラ XR8」や「アルファロメオ GTV 3.0」などの俊英と激闘を繰り広げてタイトルを手にした本仕様は、右ハンドル化という物理的課題をモータースポーツ直結の高性能へと昇華させた、南アフリカ法人独自の技術的創意と情熱を物語る歴史的一台である。

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