1970年代、排ガス規制の強化によって伝統的なマッスルカーが次々と牙を抜かれる中、ダッジが規制の抜け穴を突いて世に送り出したのが「リル・レッド・エクスプレス・トラック(Li’l Red Express Truck)」である。当時、車両総重量が6,000ポンドを超えるライトトラックには、出力低下を招く触媒コンバーターの装着義務が免除されていた。この盲点を利用し、ダッジは実用的なピックアップに高性能エンジンを詰め込み、ハイパフォーマンストラックの元祖とも言うべき車を誕生させた。
その心臓部には、LA360「E58」ポリスインターセプターユニットをベースにカスタマイズされた5.9L V型8気筒OHVエンジンが搭載された。警察の追跡用途に使用されるエンジンをベースとしたそれは内部の耐久性を強化し、大型の4バレルキャブレターやハイカムを採用した強力なもの。最高出力225馬力、最大トルク400Nmを発揮し、強化型の3速ATと組み合わされた。このエンジンの恩恵により、当時の自動車雑誌『Car and Driver』のテストでは、シボレー コルベットを抑えて「0-100マイル加速において当時最速のアメリカ車」という驚異的な記録を叩き出し、全米のカーマニアを震撼させた。
外観のインパクトも強烈を極めた。大型の長距離トラックさながらにキャビンの両脇にそびえ立つクローム仕上げの垂直排気管(エキゾーストスタック)は最大のアイコンである。鮮やかなレッドのボディにはゴールドのステッカーで「Li’l RED EXPRESS TRUCK」のロゴが入れられた。荷台の側面やテールゲートには樫の木のパネルがボルト留めされ、無骨なタフさとアメリカン・カスタム文化の華やかさが絶妙に融合していた。
しかし、この狂気的なモデルの命は長くは続かなかった。1979年にはフロントマスクが角型4灯へと変更を受け、規制強化の網がライトトラックにも及んだことで触媒コンバーターの装着を余儀なくされる。存在意義の薄れたこの車は、わずか2年で生産終了を迎えた。短命に終わったものの、「トラックに圧倒的な速さと個性を与える」という思想は、後のラム SRT-10などのスポーツトラックのルーツとなり、現在もアメリカンホットロッドを象徴する存在として語り継がれている。

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