車の小噺

ダイアナ元妃と自動車

若い頃の彼女は、夜な夜な友人と遊びまわり、その足はいつも自動車でした。チャールズ皇太子と結婚し、王室入りしても自動車を愛用。空軍特殊部隊のレッスンを受け運転技術は向上。身辺警備やパパラッチを巻いて夜中のロンドン市内を爆走することもありました。ここではかつて、彼女がドライブした自動車をいくつか紹介したいと思います。
車の小噺

ピレリ P7

1974年、ランチアストラトスの登場に合わせて誕生したタイヤ。70~80偏平タイヤが常識の時代に、50~55偏平タイヤを投入したピレリ。ハイパワーなストラトスにこのタイヤはマッチし、WRC常勝マシンとなる。これ以降、海外では低偏平タイヤが普及していく。
オースチン

オースチン セブン850/モーリス ミニ・マイナー850(1959-67 イギリス)

アレック・イシゴニス設計の革新的な小型車。イシゴニス式エンジン横置きレイアウトの採用、ボディの四隅に10インチの小径タイヤを配置し、3m少しのボディサイズに広い室内を実現していた。67年からマークⅡに進化。
その他

FMR-メッサーシュミット KR200(1955-64 ドイツ)

敗戦により航空機の製造を禁止されたメッサーシュミット。そんな中、自動車製造に活路を見出すべく販売されたキャビン・スクーターがKR200。191ccの空冷単気筒エンジンを搭載。4段ギアにリバースは無く、バック時はエンジンを逆回転させる。
ルノー

ルノー 5(1972-85 フランス)

4(キャトル)の機構をベースに樹脂部品の採用などモダンなスタイリングを与えられたのが5(サンク)。石油ショックも追い風となり、フランスのみならず世界中で大ヒット。スポーツモデルとしてアルピーヌも用意され、ゴルフGTIに対抗すべくターボも設定された。
フォード

フォード シエラ XR8(1984-88 南アフリカ)

南アフリカ国内のグループ1ツーリングカーレースで、M1用のエンジンを搭載したBMW 745i SAなどに対抗するために生まれたホモロゲーションモデル。欧州向けのスポーツモデルであるシエラXR4iは南アフリカでは用意されておらず、代わりに独自のスポーツグレードを設定。エンジンはフォード マスタング用の強力な5.0L V8 OHVを搭載。これに4バレルのホーリーキャブレターを組み合わせて218馬力、38.1kgmを発生。パワーアップにあわせてフロントにはAPレーシング製の4ポットキャリパーを備え、トランスミッション等も強化。最高速度は231km/h、0-100km/hは6.95秒を誇る。クラス1ホモロゲーションに必要な生産台数は200台となっていたが、最終的にはプロトタイプを含めて252台が生産された。
BMW

BMW 745i SA(1984-87 南アフリカ)

本国仕様の745iは3.2Lの直6ターボ(後に3.4L)を搭載。しかし南アフリカ向け右ハンドルモデルには、ステアリングコラムと過給機が干渉するためこのユニットは使えなかった。代わりにM1用M88エンジンを搭載したのがこのモデル。この仕様の生産台数は209台。
アバルト

アバルトシムカ 2000(1963-65 イタリア)

シムカ1000セダンのシャシーを流用し、ホイールベースを110mm切り詰め、アバルト自製の2.0Lエンジンを搭載したモデル。1946ccのDOHCエンジンは、レース用で204馬力を発生。車重はわずか665kgで、最高速度は270km/hをマークした。
マーキュリー

マーキュリー クーガー XR-7 IMSA GTO(1989)

フォード陣営が1989シーズンを戦うために送り込んだのが、モデルチェンジして間もない新型クーガーの形を模したシルエットフォーミュラ。シーズン中、2.3Lの直4ターボと5.5L V8を使い分ける。アウディ90クワトロを従え、年間王者を獲得した。
アウディ

アウディ 90クワトロ IMSA GTO(1989)

アウディ 90クワトロ IMSA GTO(1989) パイクスピーク仕様のS1クワトロから派生した720馬力の直5 2.2Lターボエンジンを搭載した4WDマシン。市販車の90と共通しているのはルーフ部分のみで、シャシーはパイプフレームで構成。速さは見せるも王者は取れずGTOクラスへの参戦は1年で終えた。