1968年のトリノ・モーターショーで披露された「アウトビアンキ G31」は、大衆車のパワートレーンを転用して構想された先駆的な試作スポーツクーペである。フィアットの技術責任者ダンテ・ジアコーサ率いる研究組織「SIRA」が開発を主導。車名の「G」はジアコーサの名、「31」は開発番号を意味する。先進技術の実験ブランドであったアウトビアンキの名のもと、新たな小型スポーツの可能性を探るべく生み出された。
革新の核となったのは、ジアコーサが着想した駆動配置の転換である。前輪駆動車「アウトビアンキ プリムラ」のために確立した、ジアコーサ式と呼ばれる横置き直列配置ユニットに着目し、エンジンとトランスアクスル一式を座席背後へ移設。車体中央に横置き搭載して後輪を駆動する「横置きミドシップ」へと大胆に流用した。当初は極めて短いホイールベースで試作が進められたものの、座席背後の空間確保や直進安定性の向上を目的として、開発の過程でホイールベースの延長が図られた。大衆車コンポーネントを活かして安価な本格ミドシップを仕立てるこの天才的な発想は、のちの「フィアット X1/9」へと直結する思想的先駆となった。
車体造形はカロッツェリアOSIのセルジオ・サルトレッリやヴェルナー・ヘルブルの手を経て、若き鬼才ピオ・マンズーが洗練させた。極端に低いノーズと格納式ヘッドライトを持つ流麗なウェッジシェイプを形成。延長されたホイールベースによって伸びやかな均整美と空力特性が獲得された。心臓部にはプリムラ・クーペS由来の1.4リッター直列4気筒OHVユニットを積み、軽快な吹け上がりとともに75psを発生した。
量産化には至らなかったものの、G31が示した大衆車流用型ミドシップの論理は自動車史に大きな変革を促した。ジアコーサ式の合理性をさらに推し進め、高嶺の花であったミドシップスポーツを誰もが手軽に楽しめる大衆スポーツカーへと民主化させた重要な足跡である。試作を通じて培われた車体パッケージングや寸法設定の知見は、名作X1/9の量産化において確固たる礎となった。

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