1981年に登場した「いすゞ ピアッツァ」は、名車117クーペの正統な後継モデルとして誕生したスペシャリティクーペである。1979年のジュネーブ・モーターショーで絶賛を浴びたイタルデザインのコンセプトカー「アッソ ディ フィオーリ」の斬新なスタイリングを、寸法調整などのわずかな改修のみでほぼそのまま市販化へこぎつけたことで、世界の自動車業界に大きな衝撃を与えた。
外観は、ジョルジェット・ジウジアーロが手がけた先鋭的なウェッジシェイプと、極限まで段差をなくしたフラッシュサーフェス造形が特徴である。作動時にカバーが上方へと持ち上がるセミリトラクタブル式ヘッドランプや、接着式のウィンドウガラス、一枚の鉄板から絞り出されたような滑らかなボディラインは、当時の量産車として極めて先進的であった。
内装においても、ステアリングコラムの左右に配置された「サテライトスイッチ」によって、ハンドルから手を離すことなく主要な操作が可能となる独創的なインターフェースを実現。先進的なデジタルメーターと相まって、近未来的なコックピット空間を演出した。動力源には2.0リッター直列4気筒が搭載され、120psを発生するSOHC仕様と、135psを発揮するDOHC仕様が設定された。さらに1984年には180psへと性能を引き上げた同排気量のターボモデルが追加され、動力性能の大幅な強化が図られた。
車体骨格は従来のジェミニ(PF型)を流用していたため、後輪の車軸懸架など古典的な足回りと前衛的な車体の間に操縦性のギャップを抱えていた。いすゞはこの課題を克服すべく、1985年に西ドイツの名門チューナーであるイルムシャー社と提携。専用のサスペンション調整やステアリング比の変更、レカロ製シートやモモ製ステアリングの採用により、欧州志向の引き締まった操縦性を確立した「イルムシャー」仕様を投入した。さらに後年には、英国のロータス・カーズとも技術提携を結成。路面追従性を極限まで高めた「ハンドリング・バイ・ロータス」仕様を設定し、硬派なイルムシャー仕様とは異なる、しなやかで優れた操舵性を獲得した。これらの絶え間ない足回りの改良により、ピアッツァはその美しい意匠にふさわしい運動性能を熟成させていった。

関連ブログ

画像ギャラリー












