アウディ V8(1988-1994 西ドイツ/ドイツ)

アウディ

1988年秋に発表された「アウディ V8」は、同社がメルセデス・ベンツやBMWの牙城であった最上級サルーン市場へ参入すべく投入したフラッグシップモデルである。中型セダンである100および200(C3系)の骨格を延長・補強した発展型プラットフォーム(D1)を採用し、車両型式「D11」として開発された。張り出しを持たせたフェンダーや重厚なフロントマスクによって最上級車としての確固たる存在感を確立している。

駆動機構には、大型高級セダンとして初めてフルタイム4WD「クワトロ」を搭載した。ZF製4速オートマチック仕様では、電子制御湿式多板クラッチによるセンターデフと後輪トルセンデフを組み合わせ、路面状況に応じた高度な前後トルク配分を実現。一方、手動変速機(MT)仕様ではセンターに加えて後輪側にもトルセンデフを組み込んだ「ツイントルセン」方式が採用された。このMT仕様は基本の前後トルク配分を50対50としつつ、状況に応じて最大75対25から25対75まで無段階に四輪の駆動力を最適化する高度な設計であった。初期の5速に加え、1991年には異例の「6速MT」も設定されている。

動力源には、新開発のオールアルミ製3.6リッターV型8気筒DOHC 32バルブが採用され、250psを発生した。このユニットはフォルクスワーゲンのゴルフGTI等で実績のあった1.8リッター直列4気筒DOHC 16バルブのシリンダーヘッド構造を2基分統合させる形で開発されており、量産技術を巧みに応用していた。1991年には排気量を4.2リッターへ拡大した280ps仕様が追加されている。また、標準ボディに加えて、シュタイア・ダイムラー・プフ社に委託生産されたホイールベース約300mm延長のリムジン仕様「V8ラング」も271台が少量生産された。

前輪ブレーキには通称「UFOブレーキ」と呼ばれる内装式キャリパー構造が採用されたが、のちにルーカス製「HP2」キャリパーへと仕様変更された。モータースポーツでは、ドイツツーリングカー選手権(DTM)にて1990年と1991年に2年連続の総合王者を獲得。1992年シーズンのクランクシャフト規定違反を巡る電撃撤退という劇的な結末を含め、レース界に強烈な印象を残した。ここで培われた高度なV8エンジンや四輪駆動の技術は、後継となる「A8」へと受け継がれ、同社がプレミアムブランドへと飛躍する歴史的な礎となった。

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