1992年に登場した「BMW 850CSi」は、大型高級クーペである8シリーズ(E31型)の頂点に君臨する高性能フラッグシップモデルである。市販化が見送られた「M8」の思想を反映し、モータースポーツ部門であるBMW M社が実質的な開発を担当。車両識別番号(VIN)の製造者コードにもM社製車両を示す「WBS」が刻印された。外観には専用設計の前後スポイラーや空力ミラー、4本出しのエキゾーストパイプが与えられ、洗練されたクーペフォルムに引き締まった迫力を付与した。
動力部には、標準型850iの5.0L V12(M70型)をベースに大幅な改良を加えた排気量5,576ccの水冷60度V型12気筒SOHCユニット「S70B56型」を搭載。ボアおよびストロークの拡大や圧縮比の向上、専用カムシャフトの採用により、自然吸気で380psのパワーと550Nmの最大トルクを発生させた。組み合わせる変速機はゲトラグ製6速マニュアルのみに限定され、オートマチックの設定を排してドライバー主導の純粋な操作性を追求した。
シャシーには専用チューニングが施され、車高を10mm下げるとともに強化スプリングやダンパーを組み込んだ。ステアリングの操舵比をクイック化し、制動装置には冷却性能を高めた大径フローティングローターを採用。後輪のマルチリンク式「Zアクスル」には、油圧制御で後輪を操舵する「アクティブ後輪操舵システム(AHK)」が欧州仕様に標準装備された。一方、北米向け仕様ではコストや法規上の判断からAHKやフローティングローターが見送られるなど、地域に応じた仕様差が設けられた。
1992年から1996年までの間に全世界で1,510台が生産された。より厳格化された排出ガス規制への適合見送りに伴い生産終了を迎えたものの、卓越した高速巡航性能と上質な居住性を併せ持つ最高峰グランドツアラーとして高い評価を獲得。豪快なV12ユニットと高度なシャシー技術を融合させ、1990年代のBMWが誇る技術力の頂点を体現した記念碑的モデルである。

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