東京都八王子市で「カロッツェリア渡辺(渡辺自動車塗装工業所)」を率いていた渡辺雅夫が製作した「ワタナベ リカーン」は、1971年に完成したハンドメイドのミドシップスポーツカーである。1967年に開発へ着手し、ホンダ S600を基礎としたカスタムカー「グリフォン」に続く意欲作として構想。1971年の東京レーシングカー・ショーに出品され、カスタムカー部門で準特選を獲得した。「リカーン(LYCAON)」の車名はギリシャ神話に登場する狼に由来し、ドアサイドには専用エンブレムが掲げられた。
全長3,800mm、全幅1,660mm、全高890mmという極めて低く緊縮された車体は、自製された鋼管スペースフレーム車台にFRP製カウルを架装した構造を持つ。レーシングプロトタイプを想起させる流麗なスタイリングは渡辺と知人の自動車デザイナーによってまとめられ、ウイング類に頼らず空力を制御する設計が試みられた。フロントノーズ中央の大型インテークから取り入れた冷却風をフロントウインドウ前部のアウトレットへ導くダクト構造や、中央自動車道で毛糸を車体に貼り付けて空気の流れを検証した逸話が残る。
動力部には、日産 スカイライン1500に積まれていた排気量1,483cc直列4気筒OHV「G15型」を採用。ウェバー製ツインキャブレターを装着して吸排気系を最適化し、運転席後方にミドシップ配置した。前輪側のサスペンションにはトヨタ パブリカ用を、後輪側にはフォード タウヌス12M用前輪懸架を改造して流用。変速機や駆動軸もタウヌスの前輪駆動ユニットを転用し、ステアリング機構にはホンダ S600用を組み合わせるなど、国内外の量産車の機構部品を巧みに統合した。
完成後は足回りのセッティングを重ね、1971年にはサーキットでのレース競技にも実戦投入された。冷却系の容量不足によるオーバーヒートなど熟成途上の課題を露呈したものの、個人工房の枠を超えた緻密なスペースフレーム構築や独創的なパッケージングは、当時の日本のモータースポーツシーンにおいて異彩を放った。量産には至らず現存するワンオフの個体として、黎明期のプライベーターが情熱を注ぎ込んだ希少な国産スポーツカー史の一コマを形成している。
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