ヤマハ OX99-11(1992 日本)

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1992年5月にロンドンで発表されたヤマハ「OX99-11」は、F1参戦中のヤマハ発動機が先端技術を結集して開発した本格スポーツカーである。「公道を走るF1」というコンセプトを掲げ、純粋なレーシングカーの構造をロードカーへと落とし込む大胆な試みとして注目を集めた。開発はヤマハ単独ではなく、意匠をムーンクラフト(由良拓也氏)が手掛けた。車体設計は当初イギリスのIAD社が主導していたものの、方針やコストを巡る対立から契約が解除され、その後プロジェクトはヤマハの英国現地法人「イプシロン・テクノロジー社」へ移管されて試作車の製作や市販化準備が進められたという経緯を持つ。

骨格には本格的なカーボン複合材モノコックが採用され、乗員配置はフォーミュラカーを想起させる独特の前後縦列(タンデム)2人乗り構造とされた。車体中央のコクピットには、ルーフ中央を支点として左側面が一体で上方に跳ね上がる大型の片開きキャノピードアが備わる。有機的な曲面で構成された外装は、職人の手によるアルミ叩き出し成形に加え、部位に応じてFRPやカーボン複合素材も併用されていた。こうした工芸的な価値とレーシングカーの緻密な構造が融合し、従来の市販スポーツカーの枠を超えた極めて特異な佇まいを獲得している。

背後に搭載されたのは、F1用ユニットをベースとし、1気筒あたり吸気3・排気2の独自の5バルブ機構(合計60バルブ)を備えた3.5リッターV型12気筒自然吸気エンジンである。二輪車やレースで培われた技術を注ぎ込み、市販化に向けた扱いやすさを考慮しながらも450psのパワーを10,000rpmという超高回転域で発生させる本格仕様であった。最大のハイライトは、この高性能なV12自体を車体強度の一部とする「ストレスメンバー(剛結)構造」の採用である。モノコック背面にエンジンを直接ボルト留めし、そこへF1さながらの前後プッシュロッド式ダブルウィッシュボーン懸架を結合して後輪を駆動した。

1994年からの本格的な市販を目指して開発が進められていたが、バブル崩壊に伴う世界的な景気後退や、日本円換算で1億円を超えるとされた予定価格の高さなどが影響し、1993年に計画は惜しまれつつ凍結された。わずか3台の試作車が製造されるにとどまったものの、現在でもヤマハコミュニケーションプラザ等に動態保存されている。二輪車やエンジン開発で培われたヤマハの高い技術力と飽くなき挑戦心を象徴する幻のスーパーカーとして、今なお多くの自動車ファンに語り継がれている。

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