日産 フェアレディZ(1969-1978 日本)

日産

1969年10月に発表された「日産 フェアレディZ(S30型)」は、オープンモデルのダットサン フェアレディの後継として企画されたクローズドボディのファストバッククーペである。米国日産の社長を務めていた片山豊の強力な主導のもと、欧州製スポーツカーに劣らぬ運動性能と快適性、そして卓越した量産技術による手頃な車両価格を高い次元で両立させた新時代のGTカーとして開発された。

ロングノーズ・ショートデッキの車体には多彩な直列6気筒ユニットが揃えられた。国内仕様の主力を担う2.0リッターSOHC「L20型」(130ps)やS20型 4バルブDOHCを積む「Z432」に加え、1971年には北米で先行していた2.4リッター「L24型」(150ps)を搭載する「240Z」シリーズが国内導入された。なかでも最上位の「240ZG」は、空気抵抗を低減する一体型バンパー「Gノーズ(エアロダイナ・ノーズ)」、リベット留めのオーバーフェンダー、ヘッドライトカバーを装着し、精悍な造形と卓越した高速巡航力で象徴的な存在となった。

シャシーには前輪・後輪ともにストラット式の4輪独立懸架を採用し、前輪ディスクブレーキと相まってしなやかな接地性と回頭性を発揮した。東アフリカ・サファリラリー総合優勝など過酷なモータースポーツで耐久性を実証する一方、1974年にはホイールベースを300mm延長して後席を設けた4人乗りモデル「2by2(GS30型)」を追加。ファストバックの美しいラインを維持しながら居住性と利便性を高め、より幅広い層へと支持を広げた。

欧州製高級スポーツに匹敵する走りと高い信頼性を破格の価格で提供したS30型は、北米を中心に熱狂的な支持を集め、1978年までの約9年間で世界累計52万台以上を世に送り出した。国産スポーツカーがグローバル市場において揺るぎない評価を確立する契機となった、日本自動車史に燦然と輝く金字塔である。

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