アストンマーティン DB7(1994-2004 イギリス)

アストンマーティン

1994年に市販を開始した「アストンマーティン DB7」は、元来ジャガーの新型スポーツカーとして進められていた開発計画を源流に持つプレミアムGTクーペである。1980年代、ジャガー社内では「Eタイプ」の正統後継機として「XJ41」と呼ばれるクーペ計画(Fタイプ構想)が進行していたが、1989年に同社を買収したフォードにより、車重過大や採算性の悪化を理由に開発中止が下された。この計画に携わっていたトム・ウォーキンショー・レーシング(TWR)のトム・ウォーキンショーは、既存の「ジャガー XJ-S」のプラットフォームを流用し、低コストで現実的なクーペを具現化する「プロジェクトXX」を独自に立案。デザイナーのイアン・カラムがXJ41のエッセンスを再解釈して流麗なスタイリングを描き上げた。しかしジャガーはこの提案を採用しなかったため、同じくフォード傘下で新型モデルを渇望していたアストンマーティンのウォルター・ヘイズ会長へ打診され、伝統的なフロントグリルやサイドベントなどの造形を統合して「DB7」としての誕生に至った。

車体構造はジャガー XJ-SのフロアパンをベースにTWRが改良を施したスチールモノコックを採用し、複合素材の外板パネルを効果的に配置した。動力部には、ジャガー製AJ6ユニットを基礎としてTWRがチューニングを手掛けた排気量3,239ccの直列6気筒DOHC24バルブに、イートン製ルーツ式過給機と水冷インタークーラーを装着した過給ユニット(335ps/5,750rpm、50.0 kgm/3,000rpm)を搭載。変速機にはゲトラグ製5速マニュアルまたは4速オートマチックが組み合わされた。足回りは前後ダブルウィッシュボーン式独立懸架を備え、GTカーに求められるしなやかな長距離巡航性能と俊敏な回頭性を高い次元で調和させた。

1999年には、モデルライフの中核を担う大規模な発展型として「V12 ヴァンテージ」が登場。フォードの先進技術研究部門やコスワースとの協業により、排気量5,935ccの自然吸気V型12気筒DOHCユニット(426ps/6,000rpm、55.3 kgm/5,000rpm)が開発・搭載された。これに伴い変速機はトレメック製6速マニュアルまたはZF製5速オートマチックへと刷新。大排気量V12の搭載に合わせて車台骨格の接合部補強やサスペンションの再設定、冷却用大開口グリルの採用、制動系の強化が包括的に実施され、俊敏性と高速巡航性能が一段と引き上げられた。

ボディバリエーションとしてはオープンモデルの「ヴォランテ」に加え、高性能版の「GT」やイタリアのカロッツェリアと協業した「DB7 ザガート」などの限定仕様を展開。2004年に後継のDB9へバトンを渡すまでの10年間で、総生産台数は7,000台を超え、当時の同社における歴代最多生産記録を樹立した。他ブランド向けに構想された車台や造形を巧みに昇華させ、深刻な経営難に陥っていた名門ブランドを再建へと導いた本モデルは、その後のアストンマーティン躍進の礎を築いた重要な転換点として位置づけられている。

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